← 前のページ
ページ 127 / 189
次のページ →
翻刻
【右丁】
今此剣⁻法のごとき。《振り仮名:幼⁻若|イトケナキ》《振り仮名:無⁻知|ムチ|ナニモシラヌ》の《振り仮名:輩|トモガラ|モノ》をして。そのはじめより
かゝる《振り仮名:詐⁻譌|ソキ|イツハリ》《振り仮名:暴⁻戻|バウレイ|テアラナル》の事(コト)を示(シメ)し。唯(タヾ)敵(テキ)を誆(タバカル)ことを以て。剣⁻術 武(ブ)⁻芸(ゲイ)
の本⁻意なりといふて。これを伝(ツタ)へ。《振り仮名:此₋方|コナタ》の《振り仮名:奸⁻術|カンジユツ|ヨコシマ》を以て。《振り仮名:彼₋方|カナタ》
の《振り仮名:奸術|カン |ヨコシマ》に《振り仮名:比⁻較|タクラベ》。能(ヨク)《振り仮名:誑‐者|タバカルモノハ》》必(カナラズ)₋勝(カツ)。故に《振り仮名:刻⁻苦|ホネヲヲリ》て能(ヨク)これを学(マナビ)₋得(エ)て。必(ヒツ)⁻
勝(シヨウ)の地(チ)に到(イタリ)ぬるときには。其 志(コヽロザシ)もまた従(シタガツ)て擾(ミダレ)ざることを得
ず。素(モト)よりかゝる邪(ジヤ)⁻見(ケン)を主(シユ)とするものは。かの《振り仮名:寛⁻柔|クワンシウ》 ̄ニシテ以 ̄テ₋教(ヲシヘ)。不
_レ報(ムクヒ)_二無⁻道 ̄ニ_一といふ。正⁻大高⁻明なる君⁻子の直⁻勇を《振り仮名:覬₋知|ウカヾヒシル》べきよし
もなければ。其年₋老て《振り仮名:膂⁻力|リヨ |ウデノチカラ》やゝ衰(オトロフ)るときに至(イタリ)ては。師(シ)も亦(マタ)
【左丁】
弟(デ)⁻子に勝(カツ)こと能(アタハ)ず。却(カヘツ)て弟⁻子の為に侮(アナド)らるゝにいたるは。偏(ヘン)なく
党(トウ)なき不⁻敗(ハイ)の地に安(アン)⁻居(キヨ)して。老て《振り仮名:益₋壮|マス〳〵サカン》なるの楽(タノシミ)あることを
思(オモハ)ず。柔(ジウ)能(ヨク)剛(ゴウ)を制(セイ)する自⁻然の条(デウ)⁻理(リ)を弁(ワキマヘ)₋知(シラ)ざるが故なり。今
此浩⁻然の気を養ひ。至⁻大至⁻剛の境(サカヒ)に至て。天⁻下を《振り仮名:睥⁻睨|ヒゲイ|ニラミツケル》する
の道に於ては。軍⁻法といへども。亦これより外ならず。その
天⁻地に《振り仮名:充⁻塞|ミツル》ところの大⁻気を以て之を蓋(オホフ)ときには。百⁻万の
軍⁻兵を《振り仮名:支⁻揮|シギ|サシヒキ カケヒキ》し。《振り仮名:周⁻旋|シウセン|トリマワシ》自(ジ)⁻在(サイ)なることは。猶(ナホ)手足を用るが如(ゴトク)なる
べし。故に司⁻馬⁻法に。軍⁻法を論じて曰 ̄ク。古₋者 ̄ハ以 ̄テ_レ仁 ̄ヲ為 ̄シ_レ本 ̄ト。以 ̄テ_レ義 ̄ヲ治 ̄ム
現代語訳
【右丁】
今この剣法のように、幼く無知な者たちに、その初めからこのような詐欺と暴力的なことを示し、ただ敵を欺くことをもって剣術・武芸の本意なりと言って、これを伝え、こちらの邪術をもって、あちらの邪術と比較し、よく欺く者は必ず勝つ、故に苦労してよくこれを学び得て、必勝の地に到達するときには、その志もまた従って乱れざることを得ない。もとよりこのような邪見を主とする者は、あの「寛容でもって教え、無道に報いず」という、正大高明なる君子の直勇を推し量り知ることができるはずもないので、その年老いて腕力がやや衰えるときに至っては、師もまた
【左丁】
弟子に勝つことができず、かえって弟子のために侮られるに至るのは、偏らず党せず敗れない地に安住して、老いてますます盛んなる楽しみがあることを思わず、柔がよく剛を制する自然の条理を弁え知らないが故である。今この浩然の気を養い、至大至剛の境に至って、天下を睥睨する道においては、軍法といえども、またこれより外ならない。その天地に充満するところの大気をもってこれを覆うときには、百万の軍兵を指揮し、周旋自在なることは、なお手足を用いるが如くなるべし。故に司馬法に、軍法を論じて曰く、「古は仁をもって本となし、義をもって治む」
【左丁】
弟子に勝つことができず、かえって弟子のために侮られるに至るのは、偏らず党せず敗れない地に安住して、老いてますます盛んなる楽しみがあることを思わず、柔がよく剛を制する自然の条理を弁え知らないが故である。今この浩然の気を養い、至大至剛の境に至って、天下を睥睨する道においては、軍法といえども、またこれより外ならない。その天地に充満するところの大気をもってこれを覆うときには、百万の軍兵を指揮し、周旋自在なることは、なお手足を用いるが如くなるべし。故に司馬法に、軍法を論じて曰く、「古は仁をもって本となし、義をもって治む」
英語訳
【Right page】
Now, like this swordsmanship, they show such deception and violence to young and ignorant people from the very beginning, saying that merely deceiving the enemy is the true intention of swordsmanship and martial arts, and they transmit this. They compare their own evil arts with the opponent's evil arts, and those who deceive well will surely win. Therefore, when they work hard to learn and master this and reach the ground of certain victory, their aspirations also inevitably become disturbed. Those who originally take such false views as their principle cannot possibly fathom the upright courage of gentlemen who are righteous, great, and enlightened - those who "teach with tolerance and do not repay wrongdoing [with wrongdoing]." When they grow old and their physical strength gradually weakens, even the master
【Left page】
cannot defeat his disciples and instead comes to be despised by his disciples. This is because they do not think of the joy of dwelling peacefully in an undefeated position without bias or partisanship, becoming even more vigorous in old age, and they do not understand the natural principle that softness can overcome hardness. Now, in the way of cultivating this vast qi, reaching the realm of utmost greatness and strength, and looking down upon the world, even military strategy is nothing other than this. When one covers it with the great qi that fills heaven and earth, commanding and maneuvering a million soldiers at will should be like using one's hands and feet. Therefore, in the Sima Fa (Marshal's Methods), discussing military strategy, it says: "The ancients took benevolence as the foundation and governed with righteousness."