翻刻!江戸の医療と養生

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養気説 4巻 - 翻刻

養気説 4巻 - ページ 6

ページ: 6

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【右丁】  なり。 一孟-子の心を動(ウゴカ)さざる《振り仮名:工-夫|クフー》は。全(マツタ)くこの気を養(ヤシナ)ふにより  て得(エ)たるところなれども。歳(トシ)四-十にいたりて、その心を  動(ウゴカ)さゞることの《振り仮名:成-就|ジヤウジユ》せしよしをいへるは。凡(スベ)て人四-十-歳  頃(コロ)にいたり。事(コト)を歴(フ)ること多ければ。《振り仮名:其-志煉-熟|    ココロザシレンジュク|  キガネレル  》し。《振り仮名:道-明|ミチアキラカ》に徳(トク)-  峻(タカク)。《振り仮名:生-涯|シヤウガイ》の《振り仮名:趣-向|シユカウ》も定(サダマ)る《振り仮名:時-節|ジセツ》なれば。孔-子の《振り仮名:大-聖|  セイ》なるも。四-  十 而(ニシテ)《振り仮名:不_レ惑|  マドハ》、とはのたまひしなり。これはいかなる《振り仮名:聦-明|ソウメイ|ミヽサトクメサトク》有-  徳の人にても。《振り仮名:少-壮|トシワカ》の間(アヒダ)は、その《振り仮名:血-気|ケツキ》の《振り仮名:満-盈|ミチ》《振り仮名:旺-盛|サカリ》なるに 【左丁】  任(マカ)せて。動(ヤヽモスレ)ば《振り仮名:過-失|シソコナヒ》《振り仮名:謬-慮|コヽロエチガヒ》あるがゆゑに。古の聖-人も、四-十 曰(イフ)  《振り仮名:_レ強| キヤウ》 ̄ト。仕(ツカフ)、といふて。《振り仮名:仕-官|シクワン》すべき歳(トシ)と定(サダメ)たるなり。四-十にいた  れは。《振り仮名:思-慮|シリヨ》も自(オノヅカラ)《振り仮名:精-密|コマカ》になるころなれば。其《振り仮名:見-識|ケンシキ》の定(サダマ)りて  動(ウゴカ)ざるより。四-十にして心を動さずと、孟子も言(イヘ)るなれ  ども。此(コヽ)に至(イタリ)て心を動さゞることの成-就せしも。全くその  《振り仮名:少-壮|トシワカ》の時(トキ)の《振り仮名:学-問|ガクモン》《振り仮名:修-行|シユギヤウ》の力に由(ヨル)ものにて。四-十-歳以-前に  は心のさま〴〵に動(ウゴキ)たるが。四-十にいたりて始(ハジメ)て動かぬ  やうになりしといふにはあらず。孔-子の、四-十にして惑(マドハ)

現代語訳

なり。 一、孟子の心を動かさない工夫は、全くこの気を養うことによって得たところであるが、年四十に至って、その心を動かさないことが成就したと言っているのは、およそ人は四十歳頃に至り、経験することが多くなれば、その志が練熟し、道が明らかになって徳も高くなり、生涯の趣向も定まる時節であるため、孔子の大聖なる方でも、「四十にして惑わず」とおっしゃったのである。これはいかなる聡明で有徳の人でも、少壮の間は、その血気が満ち盛んなのに任せて、ややもすれば過失や思慮違いがあるためである。古の聖人も、「四十にして強仕」と言って、仕官すべき年齢と定めたのである。四十に至れば、思慮も自然と精密になる頃であるから、その見識が定まって動かなくなることから、四十にして心を動かさずと、孟子も言っているのである。しかし、ここに至って心を動かさないことが成就したのも、全くその少壮の時の学問・修行の力によるものであって、四十歳以前には心がさまざまに動いていたが、四十に至って初めて動かないようになったというのではない。孔子の「四十にして惑わず」

英語訳

[continues from previous page] 1. Mencius's technique of not being moved in heart was entirely achieved through cultivating this qi. However, when he said that the achievement of not being moved in heart was accomplished at age forty, this is because generally when people reach around forty years of age, having experienced many things, their aspirations become refined and mature, the Way becomes clear, virtue becomes elevated, and their life's direction becomes settled. Even Confucius, despite being a great sage, said "At forty I was free from delusions." This is because no matter how intelligent and virtuous a person may be, during their youth, being governed by the fullness and vigor of their blood-qi, they are prone to mistakes and errors in judgment. The ancient sages also established forty as the age for taking official service, saying "At forty one should serve with vigor." When one reaches forty, one's thinking naturally becomes more precise, so because one's understanding becomes settled and unmovable, Mencius also spoke of not being moved in heart at forty. However, this achievement of not being moved in heart was entirely due to the power of learning and cultivation during one's youth. It does not mean that the heart moved in various ways before age forty and then suddenly stopped moving upon reaching forty. Confucius's "At forty I was free from delusions"