翻刻
「右帖」
我々は猶も命の頼無く心ぼそくも思
ひけり斯而は済まじと番の者に届ければ
三四人来りて八次郎が死骸(しがい)を菰に包み
舟場を差てかきいだすいかゞや葬し
けるかと名残おしくも見送りけるに
船に乗せ漕出し石をくゝりて海の
中へ打入れけり我身も後ちは斯こそ
成るへきと泪押へてかへりけり又其内
「左帖」
に二三日して新七伊三郎両人 同(どう)日に
死シければ斯と番人に告テ今度は我々
葬り申へき迚遥なる磯部の山影に
念頃に社納メけり頼ムべき僧もなければ
皆々念佛をして葬しけり弐時ひと
来りて仕形して云けるは大勢の者一所
には大儀也分ケてかくまい得さすへしと
仁兵衛彦五郎二人をつれ行んと言死