翻刻
「右帖」
しほる計り也舟の者共気遣ふて又も
煩ふ事かとて薬よ水よと世話すれば
しほれぬ躰して暮しけり行かふ船の
様々にいと珎敷く詠めけり日本 迠(まで)の道
法海上凡二千余里日数も既に四拾二月
しけにも合はす船博行湊と覚敷川口
に舟を入れてんまをおろし三十人の男女を
のせ岡の方に上り舟方拾人計有家に
「左帖」
宿を極め町々にぞ分けにけり爰は中
天竺の内にして黒坊(くろす)の国也カビタンといふ
国にしてパンジヤラマワシと云所也いつの頃より
始りけん南京福州山東山西の唐人出
店にしてかり地なり家作りは瓦葺
にして冨家多し町中は板張にて往
来の人土をあゆむ事なし諸国の唐
船出入をあらそひ猶又阿蘭陀か舟も入