翻刻
「右帖」
れて阿蘭陀が療(りやう)治に掛り二人は助かり
壱人は終に死にけり扨又此バンジヤラマワシ
の町ゟは十里川口ゟは二十里上にして此国の
太守ありカビタンと云万軒の広地にして
繁栄也石火屋台所々にかまへて大堀有
大ひ成る橋有り高石垣は数里を築廻
して堅固なる要害也主人ゟ呉服の御
用として我も度も此所には参りし也
「左帖」
去程に孫七思ひけるは此所に来り最早
六年の春秋を暮しけるにさのみ苦(く)も無
不自由(ふじゆう)にもなく年を経たるが古郷の
恋しき事は寝(ね)ても起ても忘れ難く
つく〳〵計(はかり)事を思ひ出して此国の人
父母兄に孝行成る事其類ひ決而
脇になし我は母にも早く離れ父にも
拾五歳の時死離れ兄壱人を父共母共