翻刻
「右帖」
頼ければ二親有ると空言申て計(はか)らばや
と思ひ込み先ツ主人の母親に語(かた)りける
様は我数年御宅に来りて御/憐(あはれ)みに
預り候段安楽世界と存此上や候まし
然れ共我国本には二親あつて我か行え
を案じ苔(こけ)の下にもや成りつらんと
思ひ給ふ心の内奉察候得はよるも
寝る事不能此事案し申也今壱度
「左帖」
日本の地に渡り親共の命有らん内に
相まみへたき由泪を流して語りけれは
老母も共に泪ぐみ道利かな尤かな
迚此事老母ゟ主人に語りけるにや
或日主人我れを招き汝日本に帰り度
やと申けり我れ答(とう)て曰(いわ)く日本にては貧(まづ)敷
暮し方仕る者也如斯不便を加(くわ)へ遣ひ
給へは困窮仕る事 塵(ちり)程もあるべからず