翻刻
「右帖」
風に靡(なび)かせ小山の如く見へにけり以前
バンジヤラマワシゟ此国迠乗せし船ゟは遥(はるか)に
大船也例年五月五日を此国ゟ日本江
出帆の吉日と定め又九月廿日には日本
ゟ出帆して此国に帰るとかや又三年に
壱度は阿蘭陀が本国にも舟を渡して
勘定するとかや此船日本石目一万八千石
を積といへりカビタンの船頭筆者外
「左帖」
医等壱艘に上八人マダロスの水主百三十
人我れ共に船中都合百五拾三人也今月
五日をいつもゟ吉日と極め鏁(かないかり)を起(をこ)し
火矢を放(はな)ちて出帆す上八人は上段に
して間をしつらい食事も別に焼(たく)也
下々は皆壱ツ賄にて銅の大釜二ツにて
麦飯を焼く皆小ぞふけ壱夕其飯を
受取り水も朝(あさ)毎(まえ)にふらすこ一ツ壱人