翻刻
【右丁】
林節用又寛永二十年刻料理物語等に載たるは
製の精粗を知らずといへとも已に盛に行れしなり
然れとも漸次其醸法の精しくなれる者にして
元禄壬甲【申ヵ】の本朝食鑑猶其製タマリ(ⅡⅡⅡⅡⅡⅡ)と云物に
て榨法未た用られず只正徳年間の三才図会
に至りて其法大に調れり然れとも延宝二年
の古今料理集に拠れはタマリ(ⅡⅡⅡⅡⅡⅡ)醤油並ひ用ゐ
る上に醤油を以て味及光彩を増事をいへは
【左丁】
則其頃より別用して益精妙に至れる者
なり其精造の名を得たる下総野田にて
も飯田氏の者宝暦の初め創て造りし
より《割書:宝暦三年飯田市郎兵衞の|醸成せし高四百四十八石に》 《割書:過さりしを明治五年の造醸|は一街にて三万四千八百五十石な》
《割書:りといふ|》今の如く盛なるに至れるなり
種類
古来より漸次其製精しくなれりといへとも
精粗名を異にして並ひ行われしなり《割書:東京にては|其名のみ存》
【「元禄壬甲」は「元禄壬申」の誤記ヵ。「本朝食鑑」の自序に「元禄壬申」と有り】