翻刻
【右丁】
元服し 御諱字をたまひ従四位下に叙し安芸守
に任す《割書:備前正恒の|御刀をたまふ》此日祖父光晟 紀伊守になり
安芸守綱長延宝二年十二月廿七日侍従になさる
因幡守源長治は但馬守長晟の長子母賤しけれは
家をはつかす寛永九年十一月十一日備前国をわかつて
三吉の城を賜ふ《割書:五万石 別に|御来迎を給ふ》延宝三年正月十九日に
卒す長治はしめ 安芸守 元晟朝臣の二男を養ひ
和泉守長尚といふ廿三歳にて寛文六年七月廿八日に
卒しけれは又元晟三男を養ふて子とす式部少輔
長吉父長治の家をつく
【左丁】
采女正源長重は弾正少弼長政か三男也 初めより
関東に伺公し中納言殿につかへ《割書:二万石を|給ひしと云》慶長二年
十月朔日に 叙爵し長政卒してのち其所領を
賜ふ《割書:常陸真壁|五万石》大坂前後のいくさに 将軍家の
先陣うつてむかひ首六十をきつて献る元和六年
常陸国笠間の城を賜ふ《割書:五万三|千石》寛永九年九月三日
卒す四十五歳其子内匠頭長直父につき正保元年
正月十一日播磨国赤穂郡を賜ふ《割書:五万三千|五百石》あらたに
城を築く寛文十年三月五日子息等に所領を
ゆつる《割書:嫡子長友五千石二男内記三千五百石三男|長三郎に開発の田三千石をわかつ》同き十二年