翻刻
【右丁】
其後故ありて織田殿の童坊をきつてにけ去ぬ《割書:童坊は|十阿弥》
《割書:と云也此事十八歳の時と云彼童坊|利家の刀の笄を盗しより事起る》弘治二年の夏信長舎弟武蔵守
信之と軍ありし時利家首二ツを切信之の侍宮井勘兵衛
尉に面を射られ終に宮井か首とつて信長の御前に参る
感し給ふ事浅からすやかて所領の地を賜ひ《割書:三万石○一説に|信長に勘当免されしは》
《割書:永禄四年五月十三日|濃州森部合戦の時と云》舎兄蔵人利久かよつきたるへしと仰らる
《割書:はしめ利久滝川義大夫か弟慶二郎を養ふて|子とせし也慶二郎世にかくれなき勇士也》利家又改て又左衛門尉と
名のる永禄三年桶迫の合戦に首二ツをきる同き四年
森部合戦にさきかけして首をとる《割書:世につたふる所 信長記に異|也信長記には此時はしめて》
《割書:信長の勘気ゆるされし|といふまことなるか》同八年九月近江国箕作の城を攻らる
【左丁】
利家使を奉り 先陣に行むかひまつさきに首取て帰る
同き十年母衣武者十九人を撰定られし時利家赤
母衣をゆるさる 《割書:信長記に出一説利家は森部合戦の|功によりてゆるされしと両説也》元亀元年九月
摂津国大阪の合戦みかた散々にうちなさる利家一人踏とゝ
まり追来る敵を打やふつて引返すその抽賞に所領多
くはへらる《割書:はしめて一万石を領す当時天下に|伝へし前田か堤の上の槍此事也》天正三年五月長篠
の合戦に足軽の兵ひきゐて進みみつから鎗をとつて戦ひ
右の脚に疵蒙りぬことし九月越前国平きしかは府中
の地を分ち賜ひ《割書:三万|千石》同き九年柴田修理亮 勝家に
したかひ初て一方の大将となつて越中国魚津の城を