伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・上) - 翻刻

藩翰譜(七・上) - ページ 26

ページ: 26

翻刻

【右丁】 攻おとす十年 能登国石動山の敵をうちほろほし 十一年の春利家父子柴田にくみして羽柴筑前守秀吉 をうたんと近江国に発向し四月廿一日志津か嵩の戦やふれ しかは利家府中の 城に引かへす 勝家やかて 府中に落 来る利家父子に 対面し湯漬とふてくひ疲たる馬一疋 たふへしとて打乗りて出利家道の 程送り参らせんと打 出る勝家かたく辞して立別る 又利家を呼返しわ殿 羽柴と年頃のよしみ有けふよりは勝家との盟をすて わ殿家のためはかり給へといひ捨て北庄へ赴く秀吉 続て北庄を攻おとせは勝家腹切て死す秀吉また 【左丁】 利家を頼て加賀の国平らけ其賞として石川河北二郡 をあたへ御山の城を守らす 《割書:御山は今の|金沢の城也》かくて利家加賀 能登の境末森といふ所に城郭をたまふ佐々内蔵助 成政《割書:越中に|あり》北畠殿の御方としてまつ末森をうたんとす 利家やかてうしろまきし成政も引て帰るいくほとなくて 能登国平らきぬ秀吉此よしを聞能登は《割書:三十三万|三千石》みつから したかへし国なれは秀吉か参らするに及はす知行せらる へき事勿論也其賞なとかなかるへきそとて叙爵させ 我名字をも官をも譲て 羽柴筑前守となのらせ子息 もおとらぬ人なれは同しく名字まいらするとて叙爵させ