翻刻
【右丁】
こゝにとゝめられ十一年四月筑前守 関東にくたり
将軍家へ参らる十九年五月廿日 利長 越中の国
戸山の城に卒去すことし五十三歳正二位大納言を
贈らるとそ聞へし 中納言利常《割書:始は|利光》利家大納言の末
子生年九歳にして兄利長のよつきとなり 大相国家の
姫君にそひ参らせ《割書:ねゝ姫君と申奉|第二の姫君也》慶長十九年父の卿卒せし
年の冬大坂の兵起りしかはいそき軍勢を催し馳せ向て
城をせめ明る元和元年五月の合戦に将軍家の先陣し
多くの敵を破つて首三千二百級を献し其賞として
閏六月参議になされみ年寄寛永三年の秋従三位権中納言に
【左丁】
昇りすゝみ年寄て後国をゆつり小松の城に住れしかは
世の人小松中納言とそ申ける嫡子筑前守光高朝臣大相国
家の御外孫寛永六年四月廿三日十四歳にて元服し将軍家
御諱字を給り四位の少将兼筑前守になされ《割書:御刀を|給し也》正保二年
四月五日とし三十一歳にて父にさきたちて卒す利常中納言
の請によりて嫡孫犬千代丸 父光高朝臣の家を継《割書:百二万|五千石余》
《割書:その外をは二人の|叔父にわかちし也》利常の子息等に所領わかち給ぬ承応三年正月
十二日犬千代丸元服し御諱字給ひ四位少将兼加賀守に
任し綱利と申す万治元年十月十二日中納言利常六十六
歳にして卒す此年閏十二月綱利中納言になさる