伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・上) - 翻刻

藩翰譜(七・上) - ページ 30

ページ: 30

翻刻

【右丁】 こゝにとゝめられ十一年四月筑前守 関東にくたり 将軍家へ参らる十九年五月廿日 利長 越中の国 戸山の城に卒去すことし五十三歳正二位大納言を 贈らるとそ聞へし 中納言利常《割書:始は|利光》利家大納言の末 子生年九歳にして兄利長のよつきとなり 大相国家の 姫君にそひ参らせ《割書:ねゝ姫君と申奉|第二の姫君也》慶長十九年父の卿卒せし 年の冬大坂の兵起りしかはいそき軍勢を催し馳せ向て 城をせめ明る元和元年五月の合戦に将軍家の先陣し 多くの敵を破つて首三千二百級を献し其賞として 閏六月参議になされみ年寄寛永三年の秋従三位権中納言に 【左丁】 昇りすゝみ年寄て後国をゆつり小松の城に住れしかは 世の人小松中納言とそ申ける嫡子筑前守光高朝臣大相国 家の御外孫寛永六年四月廿三日十四歳にて元服し将軍家 御諱字を給り四位の少将兼筑前守になされ《割書:御刀を|給し也》正保二年 四月五日とし三十一歳にて父にさきたちて卒す利常中納言 の請によりて嫡孫犬千代丸 父光高朝臣の家を継《割書:百二万|五千石余》 《割書:その外をは二人の|叔父にわかちし也》利常の子息等に所領わかち給ぬ承応三年正月 十二日犬千代丸元服し御諱字給ひ四位少将兼加賀守に 任し綱利と申す万治元年十月十二日中納言利常六十六 歳にして卒す此年閏十二月綱利中納言になさる