伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・上) - 翻刻

藩翰譜(七・上) - ページ 38

ページ: 38

翻刻

【右丁】 等に所領わかつ《割書:二男伊織 千石|三男左門 千石》高供延宝二年二月 廿八日に卒すとし五十二歳子息 備後守高明 父 につく 【左丁】    黒田 《割書:後賜 松平  付》市正高政 筑前守源長政は勘解由孝高入道か男也 宇多天皇の 御末佐々木源三秀義か曽孫京極近江守氏信か男佐渡守 満信か二男黒田左衛門尉宗満か末葉備前国赤坂の郡 福岡の住人下野守重隆赤松か被官として播磨国 姫路の城にうつり住重隆嫡男美作守 職隆故 あつて小寺と名のるこれ孝高入道か父也けり孝高始は 小寺官兵衛と名のる黒田勘解由とあらため入道の後 如水軒と号す 初め美濃守 職隆織田殿に志を通して 天正三年赤松別所等と おなしく 上洛し信長の見参