翻刻
【右丁】
に入同五年九月其孫長政か十歳なるを質として信長へ
参らす 羽柴藤吉郎秀吉に預られ近江国長浜の城に
置る幾程なく秀吉筑前守になされ播磨国を賜ふ孝高
父子二心なき方人して秀吉に随ひ佐用の城をせめて
さきかけし同き十一月廿七日秀吉の下知によつて孝高
竹中半兵衛尉高治と共に備前国福岡の城をせめ
同き六年毛利か上月の城を攻し時孝高うしろ巻
して高倉山に陣をとる此年摂津の守護人荒木摂津守
村重謀反す孝高ゆき向つて村重をいさむ村重
承引の気色なく終に孝高をとらふ小寺か一門馳
【左丁】
集りて子をすてゝ織田殿へや参る孫をすてゝ荒木に
やくみすると僉議す美作守 職隆聞て 我はしめより
織田殿に二心なき故に嫡孫を以て 質とす今思はさるに
禍にかゝつて我子うしなはんは悲しきとて 忽心を変し
て無道にくみせんも本意にあらすとて佐々木荒木にくみ
せす孝高また希有にして のかれ帰る 荒木も頓て
ほろひける同八年秀吉播磨国三木の城を攻おとして
此所に住せんと擬す孝高むかひけるに我すむところ
姫路の城と申は当国第一の要害にて殊に海路の
便よく凡当国をしらん人かならすすむへき 所なり