伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・上) - 翻刻

藩翰譜(七・上) - ページ 39

ページ: 39

翻刻

【右丁】 に入同五年九月其孫長政か十歳なるを質として信長へ 参らす 羽柴藤吉郎秀吉に預られ近江国長浜の城に 置る幾程なく秀吉筑前守になされ播磨国を賜ふ孝高 父子二心なき方人して秀吉に随ひ佐用の城をせめて さきかけし同き十一月廿七日秀吉の下知によつて孝高 竹中半兵衛尉高治と共に備前国福岡の城をせめ 同き六年毛利か上月の城を攻し時孝高うしろ巻 して高倉山に陣をとる此年摂津の守護人荒木摂津守 村重謀反す孝高ゆき向つて村重をいさむ村重 承引の気色なく終に孝高をとらふ小寺か一門馳 【左丁】 集りて子をすてゝ織田殿へや参る孫をすてゝ荒木に やくみすると僉議す美作守 職隆聞て 我はしめより 織田殿に二心なき故に嫡孫を以て 質とす今思はさるに 禍にかゝつて我子うしなはんは悲しきとて 忽心を変し て無道にくみせんも本意にあらすとて佐々木荒木にくみ せす孝高また希有にして のかれ帰る 荒木も頓て ほろひける同八年秀吉播磨国三木の城を攻おとして 此所に住せんと擬す孝高むかひけるに我すむところ 姫路の城と申は当国第一の要害にて殊に海路の 便よく凡当国をしらん人かならすすむへき 所なり