翻刻
【右丁】
かくて親父光之綱之か家つくへき器ならさるよしを
うつたふるによつて延宝五年正月十二日其請によつて
二男宮内少輔長寛を よつきとなさる《割書:綱之は|籠居す》長寛
か今まて領せし地献り納ん事をこふ御ゆるしなくて
光之にかへし給ひ此年冬長寛に御諱字たまはり
従四位下に叙し肥前守に任し綱政と申す
甲斐守源長興《割書:黒田と|称す》長政か二男母忠之に同し父か
所領わかちゆつらる《割書:筑前国秋月の|城五万石 領す》寛永三年八月十九日
叙爵同十五年春肥前国島原城にむかつて攻戦ひ
終に城をせめおとす 寛文五年 三月廿日 卒す
【左丁】
五十六才 其子甲斐守長重つく
市正源高政《割書:黒田と|称す》長政か三男母忠之に同し父か
所領をわかちゆつらる《割書:所領の地しらす|四万石を領す》寛永三年八月
十九日叙爵同十五年春島原の戦にむかつて軍す
家つくへき子なかりしかは 兄忠之か二男養ふてよつき
とす慶安四年十二月 叙爵し右馬頭之勝と申す
之勝家をつきてのち 承応二年八月市正に任し
寛文三年七月廿五日三十歳にて卒しこれも子なか
りしかは光之か二男 宮内少輔 長寛をよつきとす
光之嫡男 綱之をしりそけて 長寛をよつきと