翻刻
【右丁】
しけれは市正高政家は 絶てけり
【左丁】
有馬
侍従兼玄蕃頭源豊氏は村上天皇の御子具平親王の
御末播磨の住人赤松二郎則村入道円心か五男 律師
則祐か末孫中務入道則頼か嫡男也《割書:系図には則頼は則祐|八代の孫と見へたり一説》
《割書:十代の孫|と不審》又有馬と名のる事則祐か二男 出羽守義祐
摂津国有馬郡地頭職を給りしによつて也これより
子孫世々に有馬郡を領す 筑後守重則か時に至て播磨
国に移て三木郡満田の城に 住すその子中務少輔
則顕同国淡河の城にうつる太閤いまた 羽柴筑前守
と申て当国の守護たりしより御方に属す相模の