翻刻
【右丁】
織田殿うせ給て後羽柴殿に随つて天正十一年
若狭国高浜の城を賜同十三年近江国長浜の城に
移り対馬守になされ十八年遠江国懸川城に移る
《割書:時に五|万石》これ年来の戦功を賞せらるゝ所也慶長五年の
秋徳川殿奥の景勝中納言御追討の時対馬守一豊
先陣に在て下野国宇津宮に至るかゝる所に
上方また軍起り国〳〵の飛脚到来して急を
つくされともいまた事の体分明ならすこゝに来れる
大名小名妻子従類こと〳〵く大坂にあり人々の周章
斜めならす一豊か妻さるさかしき人なれはしかるへき侍
【左丁】
下せしにそ委しき事はしれにける《割書:むかし一豊 織田家にいてゝ|仕へし初東国第一の名馬也》
《割書:とて安土に引来りてあきなふものあり 織田の家人等これをみるに誠に|無双の名馬也されとも価あまりにたつとくて 買へき人一人もなく空しく》
《割書:引て帰らんとすその頃一豊は猪右衛門尉と申せしか此馬ほしき事におもへとも|もとむる事いかにもかなふへからす家に帰りて世の中に身まつしきほと》
《割書:口おしき事はなし一豊つかへのはしめ也かゝる馬に乗て見参に入たらんに|屋形の御感にも あつかるへき ものをとひとりこといひしに妻はつく〳〵》
《割書:ときゝゐてその馬のあたいいか計りにやといふ黄金十両とこそいひつれと|答ふ妻さほとにおもひ給はんにはその馬もとめたまへあたひをはみつ》
《割書:からまいらすへしとて鏡の区の座より黄金十両とり出しまいらす|一豊大におとろき此としころ身まつしくくるしき事のみおふき内》
《割書:には此黄金ありともしらせたまはす いかに心つよくは つゝみたまひけん|されとも今この馬得へしとは思ひもよらさりきと かつはよろこひかつは恨む》
《割書:妻はのたまふところことはりにこそ侍れさりなからこれはわらはか父の|此家に参りし時に此鏡の下に入候ひてあなかしここれよのつねの事に》
《割書:もちゆへからす汝か夫の一大事あらん時にまいらせよとて 給ひきされは|家まつしくくるしむといふ事はよのつねのならひ也けれはいかにもたへ忍ひ》
《割書:てもすきなましまことか此度都にて御馬そろへあるへしなときこゆ|もしさもあらんには此事天下の見物なり 君またつかへのはしめ也》