翻刻
【右丁】
《割書:かゝる時ならては屋形にも侍輩にも見しられたまふへきよしもなし|よき馬めして見参にいれたまへとおもへは こそまいらすれといふ》
《割書:一豊やかてその馬もとめほとなく都にて馬そろへのありし時織田殿|此馬御覧あつて大におとろきたまひあつはれ馬や名馬やなにものゝ》
《割書:馬そと仰ありしにこれは東国第一の馬也とてあき人の引て参りしか|あまりにあたひ たつとくして誰もかふ事 かなはすむなしく引て》
《割書:帰るへかりしを山内かひ得て候ひしと申す信長聞てあたひたつとき|馬也当時天下に信長か家ならてかふへき人なし奥より はる〳〵》
《割書:来りしをむなしくかへしたらんは無念のいたりなるへしその 山内|年頃久しき浪人ときゝ家もさそまつしからんにかひ得たる事の神妙》
《割書:さよかつは信長か家の恥をもすゝきかつはものゝふの嗜いともかしこし|とて感し給ふ事大かたならす これより次第に身を起せしと云誠にや》
かくて徳川殿の御陣に小山宇津宮にありあふ大名
小名めして人々の心の程をたつねたまひしに 福島
左衛門大夫正則最初に 御方にくみす対馬守 一豊
続てすゝみ出一豊か領せし城海道にあり速かに御勢を
【左丁】
もつて守らせらるへし年比たくはへ置し兵粮も【字面は「乏+貝」。「乏」の誤記と思われる】
しかるへからす次に一豊か家子郎等か妻子従類こと〳〵く
吉田の城に参るへし人質のため召おかるへきものか《割書:此時吉田城は|池田輝政の》
《割書:領せし所此人徳川殿の|聟君なれはかくはいひし也》一豊は軍兵をひきゐ先陣に随て軍仕る
へしと申せしかは満座の人々一同に彼二人の兵に同して天下の
大事たち所に定りぬ徳川殿大に悦はせ給ひ一豊申す旨に
任せらる《割書:堀尾信濃守忠氏年いまた若けれともさる知ある人也しかは一豊常に|したしみて家事大小となく此人とはかる上方の軍起て徳川殿の》
《割書:御陣にめされし時まつ堀尾か陣に行て此度の事いかにや 思ふととふに忠氏|我城に兵粮つけて内府へまいらせ人質をは吉田の城に入てみつからは先陣し》
《割書:て軍せんと思ふと云 一豊此義もつとも しかるへしと同しくうちつれ参り|福島御方に参るへしといひしにつゝきて一豊進み出て堀尾かいひしやうを》
《割書:申す堀尾山内打つれて帰る時けふは一豊日ころの律義に相違しけれは|忠氏いふへきことはもなかりしとて堀尾大に笑ひしかは山内もおなしく》