翻刻
【右丁】
参る将軍家に此よしを申駿河国にのほり封書に愁
訴を陳て大御所に献る《割書:創業記の説大略かくのことしたゝし直寄|越後をおひ出されしよしをしるせり一説》
《割書:には直寄坂戸よりいせの桑名に来り本多中務少輔 忠勝に此|よしをつく越後守忠俊か妻は忠勝の孫女なるかゆへ也 忠勝大きに》
《割書:おとろきて 駿河にまいりて此由を|申せしと 云いつれまことなるや》十五年の春将軍家駿河に
赴かせ給ひ閏六月二日両御所直清直寄兄弟を召決せらる
兄の直清うつたへにまし越後守忠俊直清を援しによつて
主従ともにつみかうふつて配流せられ直寄は御家人に
めしくはへられ信濃国 飯山の 城給る《割書:二万石しかれははしめ|四万石を領すといひ》
《割書:しは覚束なしたゝしはしめの四万石も一万石は太閤より給ひ一万石は|秀治よりあたへ大御所よりたまひしところ二万石 あはせて四万》
《割書:石此度忠俊の国ほろひしうへは 太閤 秀次よりたまひし二万石|はをのつからうせて 大御所より たまひし二万石計りをもとの》
【左丁】
《割書:まゝに給ひしにや|おほつかなし》此年十月九日駿河国府の城火ありて
殿舎こと〳〵くやけうせぬ直寄火すくふて功あり
しかは《割書:直寄最前に 御宝蔵に はせ来て 火をすくひしに|よつて数の御宝多くの 金銀やけすまた火すくふへき》
《割書:料の器ことにおのか名ならひにこと〳〵しく数いくらの内といふ|事かきてかしここゝにすておきたりそのころは世にかくすくふへき》
《割書:具なとたくはへし人なけれは直寄かすてたりし器とりて火|すくふ人々おほし今日の功ひとり直寄に帰してかねて用意の》
《割書:ほとを神妙也と御感に|あつかりしとなり》明る十六年地くはへたまはりて
賞せらる《割書:一万石をくはへられて三万石を領す此とき美濃|にして給りしにや直寄か領信濃と美濃にありし》十九年の
冬大坂の兵起りしに大御所の御陣をまもる元和
元年の夏大坂の兵かさねて起りし時大和路より向て
五月六日道明寺の戦にかたきをやふり明る七日の