翻刻
【右丁】
多からしまつ三河国をおそひ取て候わんには一定小牧の
かたきもやふれつべう覚候といふ 秀吉よくはかつて
こそ答ふへけれとて入道を帰さる明れは五日 朝入道入り
来て家康篠木柏木の郷人等を催し彼ほとりに要害を
かまへて軍勢こむへしと承る 道の程ふさからぬうちに
三河国にむかははやといひしかは秀吉 甥の三好を大将
とし池田森か勢と同しく三河国を襲はんとす三好も
森も入道か聟なれはかさねて軍の検使をこふ堀久太郎
秀政をくはへらる同き六日の夜半より打たつ秀吉も
かねて犬山をたつて楽田に陣をうつさる同き九日の朝
【左丁】
入道岩崎の城攻をとし心地よけに首共実検していたるに
後陣にうつたる大将三好か一万騎徳川殿の先陣にうち
破られ散々に成てにけ来る堀久太郎秀政追来る敵を
待かけてまつさきに切てかゝる森も 池田も 続てかく
徳川殿に出あふて堀か軍勢たちまちにみたれたつて
武蔵守長一すてにうたれ池田か勢もやふれしかは信輝
入道馬うしなてて【ママ】歩行立になる 堀か勢と一所にならんと
す間はるかにへたゝりぬかたきは 間ぢかく 追つめたり
これまてとやおもひけん胡床に 坐して てきをまつ
永井伝八郎 直勝おち あひて 首をとる年つもつて四