翻刻
【右丁】
十九歳嫡子紀伊守之助生年廿六安藤彦四郎 直次か為に
うたれてけり《割書:之助いまた勝九郎といひて としわつかに 十五才にして|荒木摂津守か謀反せし時 父と共に 向ひ 倉橋に陣を》
《割書:とる明る年十六才にて一方の大将して倉橋に陣す明れは天正三年花|隈の城に向ひ三月二日敵の勢城よりうち出しに弟古新と共に鞭鐙》
《割書:をあはせて馳向ひかたきの勢をかけやふる城のほとりに追詰能武者と|引くんて首かききるかたきの多勢城中よりきつて出すてにあやう》
《割書:く見へしところにつゝく御方五六十騎馬けふりをけたてゝ馳けれは|かたきは城に引て入ことし年わつかに十七才同しとしまた羽柴》
《割書:筑前守秀吉と共に淡路国におしわたる安宅駿河守をせめくたし|十年春甲斐の武田亡ひしに兄弟共に先陣す父入道して後紀伊守と成《割書:ル》》
輝政手の兵散々にうちうちなされ信輝之助うたると聞て
一所にこそ死すへけれとて取てかへす輝政の家人伴大膳
その頃いまた廏の舎人なりけるか只一人追つきて馬の口に
すかり引返して一鞭あつ輝政いかつてあつはれ不覚の奴
【左丁】
なといふまゝに鐙の鼻にて頭もくたけよと蹴りたりけられて
ちつともひるますやあ若殿こそ不覚ななれとて片手に
轡をしかと取て片手は鞭をあてゝはす馬はさすかに逸
物なり鞭はしきりにあてられぬ飛ふかことくにはせゆけは
輝政はらにすへかねつゝけさまに蹴しほとに頭こと〳〵く
けかれてなかるゝ血遍身朱にそまれ共 猶はなち
やらされは力及すはしめ 輝政童名は 古新とて
十五才になりし時花隈の城のほとりにて荒木か勢を
追つめて兄と同しくよきかたきとくんて首をとり天正
十年兄弟共に 甲斐国の 先陣す 信長うせ給ひ