翻刻
日本に此事をあるへきよふ無しと唐人笑ふたりと
粽の説も色〳〵有事なり
離騒と云文の意に曰く楚の懐王の
巨屈原とて其身三閭の大夫たり讒者
ノ為に流されたり是を恨み五月五日泪(ヘキ)羅(ラ)
江(コウ)に身を投死す其妻悲んて供物を水中に
入る夢に屈原か云く龍供物を奪て食す
る事不能以後茅の葉に包み五色
糸にて巻入よと妻夢覚めて後教の如く
す夫より龍の妨け無しと云今度サホ唐
人粽の故事と云は是に近し又一説には午
頭天王南海の龍宮え行く日暮㠯旦大
王に宿を乞㠯旦不応天王怒て㠯旦を
射殺す其 霊祟(レイタヽリ)て人民を害す依之㠯
旦か屍を断に今五節の供に配して調伏
の威儀を行ふとなり其荒増を云はゝ正月
門松は㠯旦か墓験の木其外七五三七
草粥三月ノ草餅は何々五月の粽は