翻刻
【右丁】
思ふやう唯今迄器も多しといへとも誠に類の無器
物也とて大に悦ひ珍器珍宝を求得たる高慢の意
はし是を弘めんと思ひ俄に濁酒を造て近所村近郷
の乙名の長夷等を扣きうけ彼器物弘めの酒宴を
初めけり時に彼挟箱を持出して濁酒を十分と盛り
座敷の中央に閣きたり来客の乙名蝦夷とも此器
物見て肝に銘し古今に比類なき珍器也と甚た
賞翫してほめそやしけり酒宴も既に終ん比に彼挟
箱も明けれは内を張たる金光紙は皆兀けにけり
是を見て一坐の長夷をはじめ大勢大に興をさまし
【左丁】
気毒かりけれは亭主のコタカ大に怒りて曰我此器物
を求めし時は莫太の代呂物と交易せしに如斯の
紛れ物を以て我産物をうはひ取たるならんとて憤り
て頓て運上小屋に行通詞長右衛門に進てコタカいわ
く彼珍器は全く紛敷物ならんか濁酒を盛たれは内
は尽て兀けたりといふ爰に長右衛門これを聞て大に困
り全以紛れ物には非す彼器物は衣類を入る箱にて
水を入れる箱にては無事を能々詫ひけれは漸々不有
せしとなり代呂物莫太に出して交易せし珍器の
思ひ入の違ひたるより唯一途に誑らかされ歎かれたる