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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 615 (4) - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 615 (4) - ページ 18

ページ: 18

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後(のち)に馬則多泥亜(ませとにや)王(わう)より聘(へい)せられて歴山王(あれきさんでる)の師(し) 傅(ふ)と為(な)る歴山王(あれきさんでる)曽(かつ)て曰(いは)く我(わ)れ師傅(しふ)を愛(あい)する事(こと) 父王(ちゝわう)に超(こ)ゆと然(しか)れども後(のち)に及(およ)んで寵待(てうたい)寖(やゝ)衰(おとろ)ふ 亜理斯多(ありすと)既(すで)に幼主(ようしゆ)を撫育(ぶいく)して大(おほひ)に其(その)力を竭(つく)せ り数歳(すうさい)の後(のち)又(また)「アテネ」に返(かへ)り「レイセユム」《割書:地|名》に学(がく) 校(こう)を刱(おさ)【剏は俗字】め「ペリパテチセン」【」記号脱】学派(がくは)の開祖(かいそ)と為(な)る歴(あれき) 山王(さんでる)崩(ほう)じて後(のち)敵国(てきこく)より僧(そう)を遣(つかは)して亜理斯多(ありすと)を 讒間(ざんかん)す亜理斯多(あ すと)曰(いは)く吾(われ)図(はか)らず此讒(このざん)に遭(あ)ふ必(かなら)ず 「アテネ」人(じん)をして再(ふたゝ)び我(わが)学術(がくしゆつ)を凌辱(れうちよく)【左ルビ:ハツカシ】せしむべか らずと云(いふ)て乃(すなは)ち「アテネ」《割書:地|名》を去(さ)り「カルシス」《割書:地|名》に