翻刻
ず是(これ)を以(もつ)て泣(なく)といへり父王(ちゝわう)沢(えら)【「は」は誤】んで「ファンスタギ
ラ」《割書:地|名》の大賢(たいけん)亜理嘗斯多(ありすと)を召(めし)て之(これ)が傅(かしづき)たらしむ鞠(きく)【左ルビ:ヤシ】
育(いく)【左ルビ:ナイ】訓導(くんだう)【左ルビ:オシヘミチビク】并(ならび)に其力(そのちから)を竭(つく)す帝(てい)齢(よわい)僅(わづか)に二十 歳(さい)にして
馬則多尼亜(マゼトニヤ)の王位(わうい)を嗣(つ)ぐ帝(てい)嘗(あへ)て他(た)に適(ゆ)くこと
厄勒西亜(ぎりしや)部内(ぶない)「テラシー」「イルレリイリー」《割書:二国|の名》帝(てい)
の在(あ)らざるを候(うかゞ)ひ馬則多泥亜(ませとにや)に反(そむ)く帝(てい)急(きう)に駕(か)
を回(かへし)て之(これ)を征(せい)すこれを帝(てい)の初陣(ういぢん)とす「アテニー」
等(とう)の国人(くにたみ)復(また)降(くだ)る「テバネルス」《割書:国|名》独(ひと)り拒(こば)んで降(くだ)ら
ず帝(てい)怒(いか)り攻(せめ)て其(その)都(みやこ)を陥(おと)しいれ人民(にんみん)を屠戮(とりく)して
殆(ほとん)ど尽(つく)す其中(そのなか)に独(ひと)り「ピンダリュス」《割書:人|名》の一族(いちぞく)特恩(とくおん)