翻刻
【右側】
壱艘之外無御座候
一台湾におゐて唐船凡十二艘日本地方おゐて四艘見
懸申候
一去年御当地ゟ十月六日帰帆仕候フツンネイ《割書:船ノ|号》日数
廿日経海上無滞十月廿六日咬𠺕吧着船仕候バンカー
海辺におゐて唐船一艘見懸申候右唐船は六日後れ
咬𠺕吧着仕候
一去年申上候末ビリシク《割書:地|名》の王并右王の兄弟《割書:アラニク|アスサム》
《割書:国の支配|罷在候者》は山中に隠れ居其場所ゟ出兼印度惣都
【左側】
督へ赦免を得へきため使者を送り申候
一右王申極を相立改て奉行所に随従いたし十分の
ヶ条相立候上赦免いたし遣し候
ビリシク《割書:地|名》中に砦を築き阿蘭陀の軍兵の内を残し
置申候其外の軍兵并一隊の軍船は爪哇に引取申候
阿蘭陀国王へ右勝書之趣相達候処格別軍功有之候
兵を賞美いたし候
一阿蘭暦数一千八百四十六年《割書:弘化三午|年に当ル》の半年の間に
唐国よりヱケレス国に茶二千九百六十一万八千二百