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【右側】
阿蘭暦数一千八百四十七年第四月六日《割書:弘化四未|年二月》
《割書:廿一日に|当ル》広東に罷在候唐国奉行とホンコン《割書:地|名》に
罷在候ヱケレス国奉行と申極候ヶ条大意記
一第四月六日相定候以後二ヶ年の間広東の地にヱケ
レス国奉行配下之者共出入可為勝手次第事
一ヱケレス国配下之者共広東近隣之地に職業又は鬱
散の為サンハイ《割書:地|名》同様居住赦免いたすべし若ヱケレス
人之居住を妨候輩尾於有之は可処厳科事
一第十月十一日船方の者に致狼藉并三月十二日於福
【左側】
州コロネル《割書:官|名》セスネイ《割書:人|名》及ひ其他乱妨
いたし被召捕居候者共は広東に引連同所おゐて
ヱケレス国王の執政ゟ其為差遣候者共立会にて
可行罪科事
一川よりボーナン《割書:地|名》の方に有之候広地はヱケレス国商
人等に家居倉廩取立のため過可貸渡尤其場所
相定候儀は執政の者広東を立退候已前に可致事
一外国商館ゟ領し候土地の近隣は寺院建立のため