翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

漂舶紀聞 - 翻刻

漂舶紀聞 - ページ 34

ページ: 34

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【右側】  暹羅国王の命に因て当時美麗のフレカツト《割書:軍船の|一種》  を打建暹羅国ゟヱケレス国に砂糖運送のために  相用申候今四艘暹羅国王の雑用にて打建の最中  に有之候 一アウスタラーリー明の内ヱケレス人ところ処領の土地漸々と  広まり申候此故に当時はボルトアデライ《割書:地|名》の港商  法のため入津の船数に応しては狭きと申説有之候 一スタラールフヲルレス《割書:地|名》の北東の渚に有之候ネウカストレ  《割書:地|名》の港を荷物貯置候ための港に相立運上無之様相定申候 【左側】 一壱千八百四十六年第七月《割書:弘化三年午|閏五月に当ル》ヱケレス人共数多の  海軍を以ボルネヲブコベル国の内ブルナイ《割書:地|名》のシユルタン《割書:爵|名》  を攻伐申候其所以は右シユルタン《割書:爵|名》ブルナイの海賊  共に荷担いたし候故に有之候 一壱千八百四十六年第十二月《割書:弘化三年午|十月に当ル》ヱケレス人ボルネヲ《割書:地|名》  北方の渚に有之候ラボアン島を処領いたし候  右島に石炭山を開き其石炭を唐国とシンカホール  《割書:地|名》とに往返いたし候蒸気船に相用候様相成申候 一フランス人共オタヘイテ《割書:地|名》を取鎮候儀相遂不申軍勢