翻刻
【右側】
相増度頻に希相待申候
一と新ゼーラント《割書:国|名》の国民との確執は今に相停
不申候同所に増し勢を差送り申候右に付土地を退け
いたし候軍卒に相渡其地家族を遷し候儀を企候由
噂有之候
一ロンドン《割書:ヱケレス国の|都府》より東印度へ蒸気船にての渡海は
シンカホーン《割書:地|名》ヤーフハ《割書:同|上》テイモル《割書:同|上》ホルトヱスセンクトン《割書:同|上》トルレス
スタラート《割書:同|上》ネウカストレ《割書:同|上》シテイレイ《割書:同|上》を経候事も有之
又或はゼイロン《割書:地|名》よりスワンフヱル《割書:地|名》ボルトアデヲイテ《割書:同|上》等
【左側】
へ継き候様成行候得は最早速にアウスタリーにおよほし
可申候然る処シユヱス《割書:地中海と北紅海と|相接する峡の名》を堀切り大船の通路
を開き候はゝ甚弁利に有之候此業を当時ヱケレス国
フランス国并オーステンレイキ《割書:国|名》にて目論居候由に御座候
ヱケイフテ国中於て原野に水を灌候ためネイル川を填
築いたし候業を専ら出精いたし居申候シヘリト国中就中
ウーラル河の水筋に於て当時許多の金を掘出し申候
其高千八百四十六年《割書:弘化三年|午に当ル》二万八千四百廿五ネード
ルホント《割書:一本に日本一斤|六合七勺余に当ル》に相成申候