翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

海陸世話日記 - 翻刻

海陸世話日記 - ページ 14

ページ: 14

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いらすへし先中物取上て其後いかにもなし申されと様々 にいひけれは名主聞ていや〳〵是も人なし船なり其上 今朝代官殿迄断る也然れは我等のはからひになら なひといふ我等又いひけるは其方は浦の人にても なきか今にも風吹流れなは証拠も何に成へきそや 此浦の者か頼まれましきならハ/湊(ミナト)村にて頼むへしと云 名主大き腹を立て事も急也此平次か有中は罷なら ぬと/忿(イカル)に水主いひけるは/永詮義(ナガセンギ)に日の暮る間急き行 給へ其程ハ某浜に居申さんと云力なく八の戸へ行に 其間四里の所をは心は急く道はしらすあらぬ方へ 迷ひなとして漸其日の暮方に着て町代山本藤七と いふ人を頼みてかくといふ藤七心得頓而袴を着我を伴ひ 船奉行山崎弥七郎代官宮野三郎右衛門此両人へゆき右の 有増断に両人のいはく定てまよひ有まし去なから 此所は南部拾万石のうち成か二万石わけてあり然るに 其ぬし佐右衛門頭七年以前に死去ありしかも/頃間(コノコロ) 法事有今三日の内は出行不叶三日過て浜へ出て証拠 改め渡すへし夫迄是にまてといふ其時我等いひ