翻刻
四ツを取持宿藤七に申けるは後にもし貴方の/足(アシ)も
ひ申る事あらは其時亦御目にかゝらんと七月四日に八の戸
を去同十日には面目はなけれ共又本の大畑へこそ帰りける
乗捨舟の事なれは金はなし諸道具とてもなし
又水主/養(ヤシナ)ふ便もなし一/重(ヒトヘ)の/肌(ハタ)さへかくし兼たる
体なりされとも爰に新保京江州沢山の知音近付
を頼んて金をかり五百積の/弁才(ベザイ)船を造りける
又佐竹にて宿を頼み橋船に板を取付三四百積
の組船を取立る此二の船にて弟共を乗せて
登すへきと夜を日に継て急く我は亦目の前に
船を切とられて剰奈山秋本か唐迄もゆけと
笑ひし事の/骨髄(コツズイ)に入て無念なりそれ神は正直の
首に宿り給ふときく是より江戸へゆき御評定
所にて御断を申上候彼者共を船の敵にとり金浜
にさらすへし去なから今佐右衛門殿こそ相手なり
大名の事なれは却而越度になり江戸にて殺さるゝ
もあらんか左ある時は国本におはしぬる親達に思ひ
をかけ亦人ハ損の上のけんかなと笑はん事も口惜し