翻刻
をは記すに暇も有明の月の最中を捨て行我をは
月みぬ里に住候とも人は岩間の苔むしろしきしま
影を見わたせは漕並へたる海士小船ゆらるゝ浪の
あら磯の浜さしすきて行程に物冷しきあはら屋
に何を頼みに/有畠(アリハタケ)高根に上り見渡せはかつふう也
/外(ソト)の浜岩木山七ツ嵩北に見えたる川内の山峯より立煙
の風に横切立上るをみておかしき口すさみをそしたりける
「いささらは思ひくらへてみちのくの胸の煙は我もおとらし
かくいふて行程に其日は横浜に着にける日も西山に入れはそこ
に一夜をすきの窓しろ〳〵と明/る(ル)八戸の鳥の音と諸友に出立て
行程に野分の空の朝霧に山の姿も見えわかす心細くも
行/程(ミチ)の七の/戸(ヘイ)を打過しはしか程は来る人もつゞき調子
みえわかす/清水(シミツ)坂をも打越て見れは程なき五の戸也あら
恐ろしき此道は茶屋とてもなしいつくに立寄へき隙もなし
誠にたつ木もしらぬ山中におほつかなき小村有立寄て去る
家に入此辺の事共を問ひしに亭主いひけるは朝不_レ見と
いへり昔此盛岡/通(カヨ)ひの商人此所に泊しか宿の亭主打殺
し其雑物を/剥(ハキ)取し也されは宵に泊りしものゝ朝行姿なし