翻刻
心許なし如何すへきと暫くたつに最早秋の田の刈穂の
稲をこく/主(アルシ)の妻其米を一合計盆に入なふ旅の人是は
路の慰にてとく行給へといふ悦ひ袖に入てそこを出て
あたりを十四五軒に宿をかりてみるに中〳〵かさすとや
かくする内にはや日はくるゝ彼女房慈悲ありそうに
見えけれは今一度頼み食をもらひ明神に通夜
すへきと思ひ又かしこに立かへりなふ/御内(ミウチ)さまさき程の
者也脇にても宿かさす扨服もかひなふ成て候先
程の御なさけにこそ御無心を申すなり食をたかせて給り
かへ堂にふせり申すへしとあはれけにいへは女房かいまみてあら
笑止やなふ/親仁(ヲヤジ)今宵計の事何か苦しからんといふは
/黄昏(タソカレ)になれは見る人も有まし国里にてあの妻の
さこそはあんし給しめ何人も女は同し事也といふあるし聞て
隣か聞てもいやれは/和御前(ワゴゼ)のそれまていふ程に其さしたる
大小渡されよ畏て渡しけれ本より慈悲の内儀なれは
俄に水風呂をたかせ食も中〳〵結構しよき菜
に菓子を調へ様々に馳走あり同様後生願ひとみえて
時々に念仏を唱ふ我も馳走の嬉しさに知りもせぬ後