翻刻
是迄上る時は命有て二度/皈(カヘ)るへき事共存せさりし
に神明正直を守り給ひ終に加護有て候此うへは是より
/津軽(ツカル)の方迄下り小船成とも造り舟にて国へ上り度と
申上るに各聞召それも思ふは理りなれ共国の御老中も
聞まほしく思召れん又汝か親一門も待へきそまつ国へ上り
爰にての事語るへしと委しく仰候程に左あらは畏候と
夜更て宿へ帰りける後藤いひけるは明日は心静に休息すへし
/実(マコト)にふしきの縁に依て永々付合たり又いつの時かあふ事
あらんと我いひけるは/実(ゲニ)不思寄苦労をかけしに貴
方の働き故に首尾能仕廻扨々今度の恩は忘れましと
終夜語りて夜明方に寝るなり翌日思ふやう/迚(トテモ)のほるかゝる
片時も急き上るへし又内々の願ひなれは伊勢へも参詣致し度
と宿にも此よしを語り夫よりも御屋敷にて箱根の手形を申
請頓而国へそ上りける九月四日に江戸に着霜月十八日に立誠に此間の
事なれは百分一にもなけれ共後忘れさるためにとて如斯書置也
去程に後藤か宿を立出て/行違(スヂカイ)をのほりに日本橋を打渡り早品川
に着く扨道すからの名所をはあら〳〵詠て行程賎か心は明極寺
今に其音は隠れなき鈴の森を打過て右を遥に見渡せは池上