翻刻
寺も見えたりされは/日蓮(ニチレン)上人妙法華を演説し衆生済渡す
へしとや殊勝にも又/哀(アハレ)也六/郷(カウ)の橋うち渡り中も隔ぬつるみ橋
なまむき浦の鮹烏賊も/子安(コヤス)の嶋と聞程に金川宿に来てみれは
九州四国の船共かとも/舳(ヘ)を並へてつなきしは夏の景かと疑はれ夫
より海辺を行に暫爰にそとかやの宿過て/相模(サカミ)方中村町を余所に
見て上れは爰にしなの坂/八重(アヘ)町の茶屋に入休みいかに亭主是はゝや
相州のうちとや爰より鎌倉への道何ほとか有茶屋かいひけるは
是より二里あり山田の中切通し中々名所也少寄て八幡宮江の
嶋なとを拝み給へ/実(マコト)に世こそ替れ八七五の体/浜面(ハマヲモテ)の景は昔に
替る事もなし/流石(サスカ)天下の/始(ハシマ)りそと語るされは/能次而(ヨキツイデ)なり
いかにせんとは思ても頃は寒天の谷風も身に/入(シム)道のものうさ
に立出行はとづかの宿の此方より南に遥に見渡せは絵の嶋/由井(ユイ)
か浜もみえたり/実(マコト)に茶屋かいふことく中〳〵名所面白けれは
暫く徘徊してかくそ「絵の嶋とよくは名付てゆひの浜
つきぬ真砂の数そ身にしむ それより前坂三里の砂道を
かゝり藤沢に着彼遊行の寺に参りける実に聞しより
大き成事也暫く休み居るに其齢七十余の老僧墨衣にて
よろほひ出たり問けるは此御寺にこそ小栗横山の墓あると