翻刻
大明神へ参りて御手洗を見るに大きなる/鮎(アユ)のいくらともしらす
あり社人にとへは/神魚(シンキヨ)といへりかはやきによからんと独言して夫より
千貫とひとやらんを見るに替りて面白もなし立出て行程に伊豆
をは/迹(アト)にするか町三枚橋を打渡り爰より足高山を見上れは八
里峠の箱根山は下に見えたり去とも隣は富士なり「音にきく
箱根峠も足高山も富士と並へて足引の山 かくいふて行ほとに
爰に大きなる渕有人に問へは是社釜か渕といへり建久四年に右大将
頼朝富士の御狩の御/時(トキ)口一丈の釜を/鋳(イ)させてせこのためになし給ふ
其後山王の社に有しか去盗人共か四人して爰迄/持来(モテキタル)究竟の
盗人共も爰にて/弱(ヨハ)り夜明方に此川/抛(ナゲ)入たり夫より是を釜か
渕と申そと語るされはあたりは沼津の宿千本の松原鮎嶋六代
御前の石塔を打詠て行程にまりこ原町すわ松長宿も吉田と聞
程に/新田(ニツタ)の茶屋に休みて是より富士を見上るに高大なる有様
はたとふへき山もなしいかに茶屋此富士こそ誠に聞しより見事
なり亭主いひけるは左あれはこそ此御山はむかしより申せし如く元亀
元年三月十八日一夜に出生したるとて年代記にもしるしたり
八葉の峯雲に/聳(ソビ)へ九尊の/頂(イタヽキ)中別して鳳凰も来儀すと
かや峯には巌石峨々として雪雲を/帯(オヒ)て所々に色をかへたり