翻刻
/飛(トブ)や/否(イナヤ)二/度(タヒ)起/直(ナヲ)る事なし今日は殊更水増りたりいつくに瀬
のあるとも不見不案内にては大事也川越を頼まれよといふ
何程にてこすといへは銭三百文と云先銭なし其上我もはや
川に馴たりいて渡りて見せうといふまゝに其まゝ/裸(ハタカ)になり
刀脇指着物をはうなしに結付一町計水上へのほり瀬の様子
はしらね共其儘懸入/折違(スチカイ)に流れ渡りと云ものに子細なく向の
岸にかけ上りたり頓而着物をうち着てふるひ〳〵かなやにゆき
去家にて暫く火にあたりそこにて則馬をかり小夜の中山を
越るに/馬士(マゴ)かいひけるは此山中に名物の候か御存知にて候かといふ
いやしらす何にても面白事あらは語れといふされは此北なる谷に
あたりて/無間(ムケン)の/鐘(カネ)あり明暦元年九月にかなやの角屋九右衛門と
云人つゐて今遠州に並ひなき金持になり候去共来世は
地獄に/堕(ヲツ)ると申か恐ろしき事也と云我いひけるは後は何にもなれ
/少(チト)つきたしといへは/馬士(マゴ)我も現在の主かこわさに其鐘を尋
ぬるに今は土の下に/埋(ウツミ)たりとて笑ひけり山中に松の大木あり末は
枯たり馬士かいふ是は夜泣の松とて子共夜なきするにあの松
の枝を枕にすれは妙不思議に/留(トマ)る故に/皮(カハ)をむきからしたりと語
るその間に日坂也そこにて馬より下りたとり行こそ曽根川の