翻刻
人も乗たれはうへが/上(ウエ)に/重(カサ)なりて我人のさかひもなし然るにいつく
共なく船中の乗人の中よりいふ様は扨々此やうなる不自由の
事や有人の首は我か/敷革(シキカハ)我か/背(セナカ)こそ人の/踏段(フミタン)よ先程の
す時もはやのせそと言つるに船頭めか盗人て如此の事そいはれ
なし扨々大盗人かなといふ/音(ヲト)せしか九人の舟人一人は梶取残る八人か
四人つゝ別れて/股引(モモヒキ)/脚絆(キヤハン)/足袋(タヒ)/手覆(テ ヲヒ)して三尋計の
/指(サシ)がいにて船をさすに得たる事は言葉にものへられす皆
廿四五の若者也彼が言葉を聞付何と船頭か盗人したるといふ
かまて/明日(アス)聞すは船より一人もおろさし物をと歯かみをもしたり
今日彼いひしものは如何しけん船中に音するものは一人もなし
誠に人の肩を枕にしてうたゝねの夢みるうちに夜の明て
船は桑名に付にける頓て石垣の/際(キハ)指寄せがいの木刀/追(ヲツ)
取〳〵皆/舳(トモ)に立ならひゆふへ盗人といひし者出よ出さるに於
ては/上(アゲ)ましと/腕(ウデ)をまくりて/怒(イカル)る乗人も音もせす/分(ワケ)なき/言(コト)を
何者かいふらんと計聞へて音もなし然るに我/側(ソハ)に乗しものは
其年も三十余とみえしか長は六尺余りにして骨ふとく
髭右左へわかれてむかしの朝比奈共いふへき男か刀に付
たる状箱をとき腰に付て立上り船頭等を/礑(ハタ)と/睨(ニラ)みやあ