翻刻
奥に入られたり其後料理出て/浴室(フロ)に入江戸の物語なとして
寝るに/假寝(ウタヽネ)の夢みる隙もあらさるにやれ火事よといふ音
せしか頓て神主枕に立て町の西より火事出たりされ共火本は
いまた遠きそ先/起(ヲキ)て支度あれといはれける其まゝはねおき
玄関の橋よりやねに上りてみるに西町御厩を火本にして河原口
中町通り一の鳥居下馬へかけて三筋に成て焼上る折ふし
其夜は西風の/烈(ハケシ)き事は兎角いふへきやうなし時々雪花を
散して吹程にやねのこけし/蔀(シトミ)遣戸にもへ付五七町とふ事なれ
は跡より先のやくる事は雲の風にあふてとぶに其間に星のかゝやく
か如し一へんに火付て松木の家敷もなく成る酉の年江戸の
火事はいさしらす是社の大火事は今見る事の始なりあらお恐ろし
やと思ひ急き下りてはや是へ焼来る支度あれと云に神主の
いはくされは社其方も産所へ行て/粥(カユ)にても喰て今度の事に
候へは頼みたしと有かゝる時に参合候事ふしきなり何事にても仰
付らるへしと申す何やらん二尺余りのためぬりの箱を取出て
是を持てあの男とつれて下屋敷へ行給へとあり追取かたけて行
に其間四五町もあらん頓而飛かへりて夫より道具を持三度往帰り
て見るに後の塀に火付たり今は/落(ヲチ)んといふて五尺計の大/提灯(テウチン)