琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

琉球沿革志 上 - 翻刻

琉球沿革志 上 - ページ 15

ページ: 15

翻刻

【右丁】  球の言語風俗の本邦に似れるを以て考るに地脈連続  し海上僅に百五十里許甚遠からず然も道の嶌《割書:大嶌徳|の島等》  《割書:を是を北山といふ薩の南海百四|十里に在と云是を道の嶌といふ》在て泊舩の港多し豆  州の七島より八丈島へ渡るよりも猶易かるへし昔時  源為朝能教諭し風を易へ俗を移し玉はヾ 永世其蹟英  大なるべきに地略の術に疎くして終に明の冊封を受  るに至る其後薩摩侯戦略の功により復帰すといへど  も又風俗を改易へす此時国王に吾冠服を賜ひ陪臣頂  を剃て吾俗に易へ監察を置て唐山の冊封を停め迎恩  亭天使官を■【毀ヵ】て厳に請封の事を禁せば唐山大なりと 【左丁】  雖とも是を討伐すること能はじ  五雑俎に云琉球小而貧雖中国冊封為栄然使者一至其  国誅求供億為之一空甚至后妃簪珥皆以充数亦曰琉球  小而貧弱不能自立雖受中国冊封而亦臣於倭蓋倭使至  者不絶与中国使相錯也蓋倭与接壌攻之甚易中国豈能  越大海而楥【援ヵ】之哉と猶未に論ずべし 此国明の水楽以前分て三となる中山山南山北各王あり 宣徳の頃并て一とす分て三省となる中山を中頭省とし 山南を島窟省とし山北を国頭省とす府の土名を間切と 云郡と言が如し卅七間切あり属する所を村頭と云属嶋