琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

琉球沿革志 上 - 翻刻

琉球沿革志 上 - ページ 22

ページ: 22

翻刻

【右丁】  其国の民仕官出身の事を伝信録に因て考るに国中の  人入て任官する者は惟首里泊那覇久米四村の人なり  餘は皆村戸其略国字《割書:此方の|伊呂波》を識る者を酋長とす之を  掟(さはき)と云《割書:奉_二文-檄 ̄ヲ_一調-遣 ̄シ_二|村-民 ̄ヲ_一任_二徭-役 ̄ヲ_一》其次を保長とす作事者(サイコ)と云皆下役  青緑帽を戴き終身之を為て升遷することなし  首里泊那覇三村の民を仁也(ニヤ)と云仕官の子弟未た仕へ  さるを呼て子とす子剃 ̄テ_二頂髪 ̄ヲ_一筑登之に陞る即登仕郎な  り次を筑登之座《割書:座は席|と云如し》と名く即登仕佐郎なり又大筆  者副筆者大官筆者と名くるあり又若筆者《割書:若は此方の|若年寄抔の》  《割書:若と|義同》村県大小の諸事を佐理す未 ̄タ_二入 ̄テ仕 ̄ヘ_一其入て仕る者は 【左丁】  地を授る之を筑登之親雲上とす是より漸く升遷して  察侍紀官に至ると云此を平民子弟入仕るの始とす  世官の子弟を呼り里之子とす蓋公子を言なり年小な  る者を内使侍郎とす里之子と名く日に内役に供し親  く侍従す年十五を過ぎ十八に至て頂中の髪を剃り小  髻に易へて後は復入らす《割書:是本邦にて前髪の者は大奥|に入り元服の後は入ことを許》  《割書:されさるに|似たり》地を授るを里之子親雲上とす是より漸く  升り親方に至ると云是宦家の子弟入仕るの始とす  久米村皆三十六姓《割書:明代賜ふ所の|閩中賜籍の家》其子弟の秀たる者年  十五六歳三四人を取て秀才とす其十三四選に及はざ