翻刻
《割書:為ル天啓元年尚豊王改テ弁才天女堂を建ツト|而シテ沖縄志ハ創建ノ堂ヲ以テ弁財天ヲ安ス》
《割書:ルモノトシ蔵経ノ事ニ及ハス|知ラス孰レカ是ナルコトヲ》永生六年金銀銅替
を製し臣民上下の等級を班つ十三年尚真使を
薩摩に遣し島津忠治の襲封を賀す是歳三月備
中/連(ツラ)島の人三宅国秀琉球を襲はんと欲し兵船
十二艘を以て薩摩の坊の津に来る島津忠治之
を聞き琉球は古より我か付庸の国なり宜しく
斥くへしと乃ち幕府に報し国秀を討んことを
請ふ将軍義植之を許す九月忠治兵船を発し坊
の津に至り我各船に柴を積み風に順ひ火を縦
ち勢に乗して攻撃す国秀大に敗し其党類と皆
死す《割書:後尚元ノ時当時国秀カ功ヲ竣ヘサルヲ憾|ミ同郷ノ人今岡民部大輔道詮亦之ヲ襲ハ》
《割書:ントス島津貴久其臣伊地知周|防村田某ヲシテ琉球ニ報知ス》大永二年明主朱
厚熜位に即くに当り尚真王舅魯加尼等を遣し
之を賀す五年大内義興細川高国等明国と互市
せんと欲し僧宗設宗素卿等を遣して其事を謀
る宗設等福州を騒擾す明主尚真を价して書を
足利義晴に贈り賊を捕へんことを請ふ六年《割書:明|嘉》
《割書:靖五|年》十二月尚真薨す歳六十二尚真天質明敏又
能く己を謙し益を受く先王の典型を活用し能