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【右頁】
いふものに逢ふ携へて城に帰り仮父と為す尚
真の位に即くや士籍に列し宅を賜ふ永正六年
阿擢莘紫金官を以て没す尚真厚く之を葬る
大永七年第五子天続之按司添明立つ是を尚清
王と為す盍し世子尚維衡父王の意に■【愜】はさる
を以立つことを得す享禄三年足利義晴尚清に
託し書を明国に致して使臣の暴行を謝し勘合
金印を更めて再ひ交通せんことを請ふ明主左
給事中陳侃などを使とし書を齎して琉球に来り
尚清を价して旨を義晴に伝へ福建を騒擾せし
【左頁】
首罪者を求天文六年尚清兵を発して大島を
討し与湾大親を殺す与湾は大島酋長の一人な
り与湾純正にして職務を守る侘の酋長之を妬
み事に托して異志ありと讒言す尚清大島の遠
く海を隔て虚実弁し難きの故を以遂に其讒を
信じて事此に及べり尚清の兵至るや与湾は敢
て抗せす天を仰き嘆して曰吾何の罪ありて歟
此に至る吾を知るものは唯天乎と自ら縊れて
死に此役其子糠中城を擄へて還る《割書:其裔孫馬氏|今猶存ス盍》
《割書:シ与那原良傑小禄|某等ノ始祖ナリ》十一年長史蔡延美明国漳州