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【右頁】
に入る尚元兵を出して之を撃つ永禄二年法司
和為美を久米島に葛可昌を伊平屋島に流す是
より先き薩日隅三国大に乱れ島津隆久父忠良
と謀り国難を掃蕩し人民を綏撫す尚元之を聞
き天界寺僧登叔及与那城良仲を薩摩に遣し黄
金五十両真南蛮香五十斤紅糸白糸各五十斤線
織物白布各五十端砂糖緑■【醑】の類五十種を貢す
貴久使者を召して之を饗し多く物を与え且尚
元に答書を贈る十二年尚元天龍寺僧を薩摩に
遣し方物を貢す元亀元年正月島津義久広済寺
【左頁】
の僧雪岑を琉球に遣し答書を贈り併せて其父
貴久の翰を付す二年大島を討す与湾大親讒死
の後侘の酋長叛を謀り貢舩を絶つ是に於て尚
元親ら兵舩五十艘を率ゐ伐て之を平く之より
毎歳那覇人を差し更番在勤せしむ尚元大島の
役疾を得て還り三年四月遂に薨す歳四十五尚
元性質仁愛臣民心服す政を為す皆旧章に遵依
す尚元好んで本邦の風俗を慕い模倣すること
甚多し当時久米島村林某の如き村中に天満宮
建つるに至る