琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: 琉球大学所蔵 琉球・沖縄関係資料 vol. 1

南島紀事 中 - 翻刻

南島紀事 中 - ページ 19

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我ら掌握に帰せり頃ろ更に雄飛の志あり政化 を異域に及さんこと亦我素願なり会た□貴国 の使節先つ来る凡そ物遠きより得るを珍と言 ひ罕に観るを奇とすへし今遠方の珍奇を得る 何の悦ひか之に如かんや其地千里を隔つとい へとも今より以後深く交誼を執らは異郷も亦 四海一家の情あり因て本邦の産物を贈り聊か 以て謝を言ふ余蘊は天龍寺東堂に吻付せりと 《割書:五事略曰関白ヨリ答ヘラレシ書ハ|鹿苑寺ノ僧西笑和尚草シタリト》十九年《割書:明万|暦十》 《割書:九|年》秀吉征韓の兵を起す此時に当り亀井茲矩秀 吉に請ひ琉球を討して己か有と為さんとす島 津義久父子之を聞き細川幽斎石田三成に依頼 し琉球の古来薩摩に付庸たるの由来を陳へし む茲矩乃ち止む《割書:喜安日記曰亀井武蔵守挙テ既|ニ琉球入相催ノ時薩州ノ君修》 《割書:理大夫義久公御朱印ヲ申カヘシ相留メ給故ニ|国家安穏ナリキ是薩州ノ恩ニ非ラスヤ云云》 又原田孫七郎と云ものあり琉球に到り交易を 為すこと数年頗る其地理を諳んす因て秀吉の 侍臣に憑り説て曰吾琉球に赴き告るに征明の 事を以てせは彼れ必す来聘せんと秀吉其説に 従ひて書を作り原田に授く其略に曰本邦百有