翻刻
余年群臣割拠して互に国を争ふ予れの生るゝ
や天下を治むへきの奇瑞あり十年を出てすし
て海内一統に帰す是に由て三韓琉球遠邦異域
塞を款き来り享す今や大明国を征せんと欲す
盖し天以て我に授くる所なり琉球宜しく明春
出師の期を候ち肥前の轅門に来り謁すへし若
し懈りて期を愆らは必す水軍を発し島民を鏖
にせんと又秀吉義久に令して曰琉球は薩摩の
所属たり速に其兵を徴し征明の役に従はしめ
よ遅滞せは討伐せんと義久老臣に問ふ老臣等
議して曰琉球海南に僻在し安を偸み武に慣れ
す其兵を徴せんより寧ろ糧食を課するに如か
すと義久其議を以て稟す秀吉之を聴るす義久
使を琉球に遣し其旨を伝ふ限るに明年二月を
以てす尚寧大に驚き其臣鄭迵《割書:三司官若|那親方》に命し
急を明国に報せしむ此時明の商客陳甲と云も
の琉球に在り之を聞き還りて福建の巡撫趙参
魯に告く又江左の医生許議俊朱均旺の二人薩
摩に寓す変を聞て福建の守臣に報通す秀吉怒
て殺さんとす徳川家康曰変を聞て本国に通牒