翻刻
球に課するや督責甚た厳なり義久新納久饒を
遣し反復説諭せしむといへとも命を奉せす尚
寧等疑ふて薩摩の暴令に出るものと為し稍く
背戻の端を開きたり《割書:喜安日記ヲ按スルニ慶長|十四年三月琉球ヲ征シタ》
《割書:ル時ノ言ニ今年如何ナル事ニテ誼絶ヲハ起|サレケルソト云ニ先年報恩寺使僧ノ時不思儀》
《割書:ノ事ヲノミシ給ヒケルニ依テナリ其比ノ三司|官ハ名護浦添若那ニテ候ヒケルニ方物ニ八木ヲ》
《割書:進上セラレタリ名護浦添宜フニハ八木体ノ物|方物ニスル事終ニ其例ヲ聞カス如何有ルヘキ》
《割書:ヤラントアリケレトモ若那申サレケルハ当時納|殿ニ相当ノ物ナシ不苦ト宣フカナラスシモ日》
《割書:本ヲ蔑如シ奉ルニモナカリケリ風流ヲ不知カ|ナス処ナリ若那童形ノ時大明南京ヘ学文ニ渡》
《割書:リ年尚シクシテ帰国セシ故乎大和ノ風ヲシラ|サル故ニ天下ノ大事ニ及ヒヌルコソウタテケ》
《割書:レ云|云ト》年二月義久又使を遣し手翰を尚寧に贈
り其罪を数め且諭して曰く速に聘使を発し駿
河に朝せよ若し険を特み順はされは忽ち我兵
艦を来さんと又琉球那覇の人牛助春と云もの
あり前年漂流して平戸に到り松浦氏送て薩摩
に致せり《割書:嘗テ鹿児島ニ来リ大坂ニ至ル秀吉召|見シテ其冠ヲ取リ自ラ之ヲ冠セシ事》
《割書:アリト盖シ其頭大|異ナルヲ以テナリ》忠恒之を召して謂て曰吾琉
球を討たんとす爾等郷導となれと助春曰く人
を導て我本国を討たしむるは不忠なり助春死
すとも為さすと之を強ゆれとも従かはす却て