翻刻
寧法司翁寄松を貶して庶人に下せり盖し鄭洞
か䜛に係るなり十一年六月十七日島津忠恒伏
見城に詣り徳川家康に謁し《割書:此時家康忠恒ニ腋|刀ヲ賜ヒ偏名ヲ興》
《割書:フ是ヨリ忠恒|家久ト称ス》請ふて曰く琉球は我か祖先以来
連綿入貢せし国なり然るに近年来聘を絶つこ
と久し屡々使を派し之を諭せとも応する色な
し速に征伐して国威を張らんと家康始めて之
を許せり是歳尚寧鄭洞を以て法司とす又王舅
毛鳳儀正議大夫阮国を明国に遣し冊封の恩を
謝す尚寧栄元寺の住持僧及ひ宣謨里主を薩摩
に遣し家久の襲封を賀す家久其臣嶋原宗安を
琉球に遣し三司官に勧諭し其聘使を駿河に発
し徳川氏の政権を掌握せしことを賀せしむ是
より先き明国の商船我邦に来らせること殆ん
と三十年是に至り徳川し琉球を介して明国に
告げ旧に仍り商船を通し交易を為さんことを
請ふ琉球三司官若那親方《割書:謝名又ハ邪那ニ作|ル》固
く拒みて従はす義弘又書を作り《割書:五事略曰其書|ハ僧南浦草ス》
《割書:南浦ハ四書集註ニ點ヲ加ヘシノ|僧文之ト云ヒシ僧則コレナリト》尚寧に諭し
且曰く猶従はすんは師を起し其罪を問はんと