翻刻
是亦三司官内に解る者に非すや今歳聘せす明
年も亦解らは危からさらんと欲すと也得可け
んや且復た貴国の地支那に隣る支那日本と商
船を通せさるもの今に三十余年我か将軍之を
憂ふるの余家久をして貴国と相約して年々商
船を貴国に来らしめ而して大明日本と商売し
貨財の有無を通せしめんと欲す若し然らは則
翅に我邦を富すののみに匪す貴国も亦人々其
富の屋を潤し而して民も亦市に歌ひ野に抃ん
豈に復た太平の象に非すや我将軍の志茲に在
り是故に家久小官二人をして之を三司官に告
けしむ三司官可かす将軍若し之を問ふこと有ら
は則家久之を如何かす可きや是れ我か夙夜茲
を念ふて措かさる所以なり古は善く国を計り
家を謀るもの大と雖とも小に事ふ時の宣に隋
て之を為すなり況や小の大に事ふ豈に之を其
理に背くものと為すへけんや其存すると其亡
ふと共に国君の一挙に在るのみ伏て乞ふ之を
図れと初め征韓の役兵一万五千人を薩摩琉球
に課す薩摩の議に依り改めて琉球に課するに