翻刻
後また移りて浦添殿に居る是に於て久高等首
里城に入り人をして簿書貨財を点検せしめ厳
に劫掠を禁し城下の兵を撤して那覇に駐め国
民をして各業に安せしむ兵を起せしより四十
余日にして琉球盡く平く久高等相議して本多
親政浦池某を那覇に留め国内を鎮成せしむ十
六日尚寧及ひ具志上弁に三司官等を崇元寺に
徴し久高増宗之に対面して後更に織部笑栖等
を遣し命を伝へしめて曰国王以下は謝恩の為
め薩摩に到るへしと既にして尚寧旅装始て整
ふを告く五月十四日久高等尚寧及ひ俘獲のも
の共を将ゐ那覇を発して薩摩に至る尚寧に従
ふものは具志上王子中城王子左鋪王子及西来
院菊隠報恩寺恩斉大里親方/池城(イケクスク)親方江洲親方
以下百余人なり浦添親方若那親方のニ将は別
船に戒しめ兵士をして送らしむ当日警護の兵
士尚寧を浦添殿に迎ふるや居残る夫人等別れ
を惜しみ嘆き悲しむこと大方ならす泣く声は冕
か嶽の巓に轟き堕る涕は龍潭の塘に溢るゝは
かりなり浦添殿を発し那覇に到り通堂(トンド)に休憩